「千村清次郎って誰!?」超重要人物をご紹介します

今日は、超重要人物である、千村清次郎様をご紹介いたします。

実はですね...千村清次郎様は、私(豆腐ちくわ)の生みの親なのでございます。

(豆腐ちくわを食べたことがない方は、こちらからご注文できます▼)

touhu-tikuwa.hatenablog.com

さかのぼること慶応元年、1865年のお話です。

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鳥取市元魚町にて千村清次郎様は『株式会社ちむら』の元となる事業を初めて開始しました。

『株式会社ちむら』は現代も続いている、私(豆腐ちくわ)を販売している会社です。

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千村清次郎様が居なければ私『豆腐ちくわ』もこの世に存在していなかったことでしょう。

(豆腐ちくわって何?という方は、私のブログに豆腐ちくわの情報が網羅してあるので読み漁ってみてください。)

現代でこそ、『アメトーク!』や『ニッポン視察団』などの有名番組でも豆腐ちくわが紹介されるほど知名度もあがってきました。

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しかし、現代にいたるまで辛い辛い災難が、『株式会社ちむら』に何度もふりかかります。

その災難とは...

...

1943年 鳥取大震災による工場倒壊

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(画像引用元:https://ja.m.wikipedia.org/wiki/鳥取地震)

鳥取の中心部が壊滅するほどの大地震で、鳥取の街並みが全て失われるほどの大きな被害をうけました。

この地震による鳥取の被害総額は1億6000万円。何より悲しいのが、死者1083人であること。そのうちの702名は女性でした。

この地震の家屋の全壊率は80%にもなり、千村清次郎様が創業した株式会社ちむらの工場も倒壊してしまいます。

悲しい現実を目の当たりにした市民でしたが、復興のため力を合わせて立ち上がるしかありません。

...そして、復興のため立ち上がりますが、その9年後さらなる大きな悲劇が鳥取をおそいます。

1952年 鳥取大火により工場消失

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(画像引用元:https://ja.m.wikipedia.org/wiki/鳥取大火)

鳥取県鳥取市で、市街地をほとんど焼き尽くしてしまう大火災が起こってしまいます。

火災により被害を受けた方は2万451人にものぼり、家屋5,228戸も被害をうけるほどの大火災でした。

それにより工場も消失。鳥取市民にとっても私にとっても絶望的な出来事でした。

...

悲しい話になってしまいましたが、大地震、大火災という災難に合いながらも『株式会社ちむら』は今もなお豆腐ちくわを作り続けています。

長く辛い歴史を経て、豆腐ちくわの魅力を今このブログを通して伝えられていることは、私にとってもすごく幸せなことです。

鳥取県の特産品のため、本当なら鳥取県でしか食べれませんが、今は通販もおこなっています。

豆腐ちくわを食べてみたい方はこちらからご注文できます。ご注文方法を画像つきで説明しているので参考にしてみてください▼

touhu-tikuwa.hatenablog.com

ぜひ鳥取にお住まいの方以外の方にも、味わってもらいたいです。

数に限りがあるので、好きな味が売り切れていた場合はすみません。欲しい味は売り切れ前に確保しておくことをオススメしています。

これからも、豆腐ちくわの魅力を少しでも皆様に伝えられるよう私は活動します。